心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自己愛性人格障害者がターゲットを探す目を見て思う事

f:id:pilatesno-1:20210217090730j:plain先日、自己愛性人格障害者がターゲットを探すために人を値踏みしている瞬間を見た

 

もう、目が獲物を捉えた肉食動物のような目

   

ちょっと芽が出そうな、ちょっとお気に入りの権力者に可愛がられそうな、ちょっと変わった経歴の、ちょっと話題の、転入者なんていうのが、ターゲット候補としては最適だ

 

「ちょっと」とか「初めて」なんていうのがいい

 

ガツンと飛び抜けた人をターゲットにしてしまうと、自己愛性人格障害者の卑劣な行為がバレてしまう

 

おまけに飛び抜けた人は、自己愛性人格障害者の仕組みを結構知っている

 

そこを越えずに、飛び抜ける事はどこの世界でもなかなか難しい

 

そこに至るまでに自己愛性人格障害者の攻撃を受けるか、飛び抜けた時点で自己愛性人格障害者の攻撃を阻止する周りの壁が出来ている

 

だから、ちょっととか、初めてのなんだか分からないうちに、目をつけて値踏みをし、近づいて「私はいい人、あなたの味方」という印象をつける

 

自己愛性人格障害者が2人以上いたり、元からの知り合いがいたりする人には、その元からの知り合いや自分以外の自己愛性人格障害者は「あなたの事を悪く言っていた」とか「あの人はあなたの事を陥れようとしている」なんて言って、疑心暗鬼にさせる

 

周りには頼る人はいなく、ここは怖い所だと知らしめる

 

私はあなたの味方だから、ゆういつ頼れる相手だという事を頭に刷り込ませる

 

ここまでやれば、ターゲットとしての下地は充分だ

 

ターゲットになる事を阻止しなければならない人であれば、ちゃんと周りからの助けがある

 

結局、同じ穴の貉のような人なら、周りは手も口も出さない

 

そこで潰れていくのを周りも含めて皆で待つことになる

 

その自己愛性人格障害者のやり口を何人もの人が分かっているのにそこで助けが得られないという事は、その人も周りをバカにして、自分は特別だと思っている場合が多い

 

他でいじめたり、他で比べたり、他で他人をバカにしたりしていると、自分の立場を悪くしてまで助けてくれるような人は現れない

 

そこから抜け出す事が難しくなるだろう

 

だから、やっぱりピンチになった時にその人が今までどんな人生を過ごして来たのかが分かるのかもしれない

 

人のピンチはたいてい人間関係だったりする

 

人間関係のピンチから抜け出すのに、もちろん1人で抜け出す人はいるのかもしれないが、直接の助けがなかったとしても、自分の心を「これでいいんだ」という思いにしてくれる「支え」が私は大切なんじゃないかと思っている

 

それを「助け」だと感じられるかどうかも含めて、人の助け無しに人間関係が上手く成り立つ事は難しい

 

自分の事ばかりや自分の思いばかりを優先して、得をとり、自分も他人も大っきらいな人が自己愛性人格障害者のあの目から逃れる事は難しいな〜と感じる

 

自己愛性人格障害者は沢山いるし、どんどんと増えているし、理不尽な事だらけだけど、自己愛性人格障害者がいる事で、学ぶ事も得られる事も沢山ある

 

自己愛性人格障害者の底なしの努力も近づきたくはないけど、無駄なものではない

 

ターゲットを探し続けて、変え続けて生きていくあの生き物を何とか社会で役に立たせる方法って無いのだろうか?

 

あのターゲットを探す何ともきみの悪い目を見ながら、残念な気持ちになってみた