心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

やりたいと言いながらやらない人

毎回「私これやりたいと思ってるんだよね」って言いながら何もしない人っている

 

そういう人のそのやりたいを聞いてみると、びっくりするくらい中身がない

 

そもそも具体的じゃない

 

何か新しい事をする時はそれをする場所や費用、季節や時間、用意するもの、教えてくれる人がいるのか?なんて事は調べる

 

毎度「~みたいなのカッコ良くない?」とかだけだったりすると、別にやりたい訳じゃないのね~と流す自分

 

話題作り?

それとも、私ってこんなことにも興味があるのって自慢してるのかな?

ただの口癖かな?

 

中途半端な知識や興味は自慢にはならないし、そんなものを自慢したら痛い

 

なんなら「ちょっと興味あるんだよね」って言葉に置き換えてほしい

 

あの生物ちょっぴり苦手

怒っている人にどうしよう?(親子喧嘩偏)

事あるごとに怒ってくる人っている

 

ちょっと距離の遠い人なら離れちゃえばいいけど、近い人だとたまらない

親子はね、離れられない

まあ、私もそんなに対応が上手い方ではないが…

 

イライラを感じるストレス耐性は遺伝するし、中でも日本人のストレス耐性は低いそう

 

ちなみに、私は穏やかで「怒る事ってあるの?」って周囲から言われるけれど、ストレス耐性は低いと自己判断している

 

では、外ではあまり怒らないけど家で物凄く怒っているか?というと、そうでもない

 

外でもほどほど、家でもほどほどだと思う

昔はただ我慢ばかりしてストレスを溜めていた

ストレスはただ漏れていて精神的にも崩れる寸前の自分を人のせいにしたくない一心で保っていた

 

でも、沢山ここに書いて整理していってるうちに「ほどほど」になってきた

 

現在私の子供たちがイライラして怒ってばかり

 

近いので、ぶつかり方も激しい

親族なので容赦がない

わがままを分かって欲しいといわんばかり

行動も伴わないのに怒りだけぶつけてくる

こちらも逃げ場が無い

 

こんな場合どうしたらいいかなあ

なんて考えるようになっているのもやっぱりちょっぴり落ち着いて来ているのかもしれない

 

まず「聞いてあげる」なんて言うけれど、はっきり言って怒っている人の言い分なんてめちゃくちゃなので聞きたくない

 

そこはストレス耐性が高い方では無いので…

 

では、どう考えよう!

こちらの脳がイライラで働かない状態にはしたくない

そして、相手に言われるばっかりは嫌だ!

 

そんな思いから、私の場合、言いたいことは出来るだけ言ってしまう

もちろん出来るだけ怒らないで

 

その上で、相手の話を流す

ムカつくけど…

 

反論するのは、火に油を注ぐような物だと言う人もいるけれど、親子の場合、上司でもなければ喧嘩したら縁が切れてしまうわけでもない

 

なので、言いたいことは言う

喧嘩になってもゆっくりした口調で言い返すのは、自分がイライラしないため、我慢しないために大切だと思っている

 

同じ土俵に立ってはダメだと言われても、言われっぱなしで我慢できるほど大人じゃないのかもしれない

で、最近は最後に「あなたはどうしてもらいたいの?」と聞くようにしている

 

すると、怒っても他人が出来ることは限られているという結論に子供でも至る

 

そんなもんだ

 

イライラしている原因が私にある場合もあるけど、大抵は怒りをぶつけられる人に原因は無い

 

イライラがキャパオーバーになったところで当たりやすい親に向かっているだけなんだ

子供の場合、予定の見積りが甘いので、思い通りに行かないイライラが主な気がする

 

例えば寝坊で遅刻して「ママが起こしてくれないから悪い」ってなっても、今から行くしかないし、母は学校に「遅れます」って電話するくらいしかない

 

子供がジタバタして「車で送ってあげようか?」って言葉を待っていても絶対に言わない

 

子供から言ってきたら、こちらのそれ相応の条件を飲む場合のみ送る

 

そうしていると、子供はそのうちジタバタして怒りに任せて怒鳴っても逆効果だと気がつく

 

自分が寝坊してもママのせいにして送ってもらえばなんとかなると思っている目論見が上手くいかないからイライラしている事を本当は子供に気がついて反省してもらいたいけれど、はっきり言ってそんなことに気がつかなくてもいい

 

私としては、その「ママのせいにする」というところだけをこちらで引き受けなければOKだ

 

そこは、言い返してでも引き受けない

 

そうしていれば、ギャー!とはなってもそのうちフェードアウトする

最後は自分の思い通りに行かない部分を宙に浮かせてその場から逃げたとしても、こちらで引き受けなきゃ持って行くしかなくなる

 

「寝坊して」と言わず嘘をついたとしても、その嘘は自分でついた嘘だから面倒だけどずっと嘘をつき続けなきゃいけなくなる

 

嘘つくの面倒だなと思ったら寝坊したと言うだろう

 

責任を誰かに押し付けないで生活していると「ママが起こしてくれなくて」なんて皆の前で言ってしまう事がカッコ悪い事にも気がつくのは早い

 

自分が何が嫌なのか?

何だけは譲れないのか?

怒りをぶつけてくる人には、ただそれだけを考えて対応しようと思う

 

はぁ、親子喧嘩

 

ずっと親に対してイライラしている時って、あった気がする…

 

若い時ってそんなものかもね~

 

そういえば、親子みたいな関係の人が怒りに任せてぶっちぎれて怒って来たんだけど、親子みたいな関係だからこそぶつけて来ちゃったんだろうか…

 

もっと冷静な人と尊敬していたので、なんか残念だったけど、私が言いたいことは全部言ってしまったので、案外後悔はなかったかも

 

やっぱり我慢ってストレス

 

小さなキャパでも、自分のキャパにあわせてストレスを溜めないようにしていけば良いのかも

 

相手の怒りに対応するのにも、結局自分を知ることが大切なのかもなんて思います

 

あー、難しい!

 

さらっと流せるほど大人では無いのである

 

#親子喧嘩 #怒る人 #怒ってくる #イライラしている人 #イライラ #ストレス耐性 #ママのせい #流せない #言い返す 

なんで被害者が守られないのか?

なんで、どんな事件でも加害者ばかりが守られるのか?

と報道をみて思う

 

ストーカー被害、なぜ被害者の名前が報道で出てしまうのか?

被害者が絶対に善なんて事はない

そのストーカー被害については被害者かもしれないが、人間たたけば誰でも埃は出る

プライバシーも隠しておきたい事だってあるはず

 

なのに名前も写真もバンバン出る

知らない誰かがあっという間に検索出来る世の中にさらされる

 

加害者は逮捕されるまで名前が伏せられる

「疑い」ではさらされない

 

亡くなった被害者だって過去に犯罪を犯しているかもしれない

小さな犯罪なら誰だってある

その疑いは放置されるのだろうか?

そんな事は無いって確信はあるのだろうか?

良いことだけしかさらされない保証ってあるんだろうか?

 

検索するのは自由だけど、暇な知りたい人だけ知ればいい

別に興味もない人達にまで、だだ流ししなくたっていいのに…

 

と思う

 

せめて、名前や写真は伏せるべきかと

生きている家族のためにも、この世間の当たり前をやめて欲しい…

 

#加害者 #守る #守られない #被害者 #ストーカー #プライバシー #名前 #なんで

離れていく人が敵に見える時

 

 

自分から離れていく人が敵に見える時ってどんな時だろう?

バトルして全否定して離れていく人はともかく、何も言わずに去っていくだけなのに、なんだか否定された気分になる時ってあります

 

それって、相手が否定した訳じゃなく、自分の自信の無さなんじゃないかと思うんです

 

自分は他人に比べて価値が無いから、この人は去っていくんだ!って思う

 

要するに自己肯定感が低い自分を自分で否定してしまう状態なんです

 

ただ、「合わないよね」って思える事が精神状態としては健全だと思うんです

「自分の悪かったところを改善するチャンス」と思えるなら、ものすごいポジティブだし、自己肯定感は高い状態

 

そんなポジティブに考えられない心は、もっともっとネガティブを引き寄せる

 

その去った人が楽しくしていれば、「自分と居ることが楽しくなかったんだ」って思ったりしちゃう

 

自分で自分を攻撃しているのに、それは相手が攻撃しているとすり替えて相手を敵視してしまう

 

その人の動向が気になるし、その人が他人と居ることを阻止したくなる

 

その人が楽しめる物で自分の力の及ぶところはみんな切り捨てたくなる

 

要するにパワハラだけどそれが敵で自分を攻撃してくる存在だと認識すれば、自分の中で正当化される

 

動向が気になってストーカーのようになっても、それが何をされるか分からない敵の動向を確認しているだけだとなると自分の中では正当化される

 

その人が自立したら自分無しで生きていけると思いしらされる

それは要するに自分が要らない存在だと分かる事だから、その人の自立を阻止してしまう

 

親子でも先生でも友達でも先輩後輩でも彼女彼氏でも結構よくあることなんじゃないかと思うんです

 

そりゃ、人が去っていくには理由があるんだろうけど、仲が良かった人なら去ると決めるまでのアプローチって0じゃない

 

本当は手前で気がつかなかったか気が付きたくなかった自分にフォーカスできない自分の心を何とかしてあげないといけないけど、プライドや傷つきたくない自分が邪魔をする

 

 

そんな人のそんな心をその敵認定された人が戻ってきて何とかしてあげられるわけじゃない

だから、一度離れると決めて敵認定されたならどんな意地悪をされたって戻る事に意味はない

行ったり来たりするとお互いに辛い時間を過ごし続けるだけなんだ

 

そう思って、離れることを躊躇している人や今離れたことで嫌がらせを受けている人は頑張ってほしいななんて思う

 

自分のことでいうと実際ちょっと甘い自分なんて誰でも持っているし、ずっと甘やかしているといつかダメな自分って見れなくなっちゃうのかもしれない

 

自分が劣化する前に少しずつアップデートできるような環境に自分をそっと置いておかないといけないなあと実感させられます

 

小さな痛みのうちにチクチクと言ってくれる人を周囲に置いておかないといけないです

ちょっと目障りだしだんだん遠のいていきたくはなるけど、やっぱりそういう人って大切なんだと…

 

自分を肯定できるように自分のやっていることがいいと言える行動をしていくことも大切なのかも

 

自分を肯定するのも否定するのも1番は自分だけど、それをそっと支えてくれているのは実は他の人の評価だったりするので、その支えにも感謝したいなと思う

 

離れる時に敵認定されちゃうのって逆に言えばその人との関係が密だったってことなんだ

そんな深い関係が築けたことに感謝してそっと自立していければいいのかも

 

敵認定されちゃう人はどこに行っても離れようとすると敵認定されちゃう

距離が近い自分を直すことって難しいから、密でいい時もあるけど離れる時に大変さもセットでついてくることを忘れずに生きていかないといけないのかも

 

頭の中を整理して相手の行動を理解してそっと許していけるようになりたい!

意地悪されてもまっいいか!とはならないけど、なんでそこまでやるの?って思ってると怖いからっちょっぴり整理してみました

 

信頼関係を使って相手を攻撃する手法

自己愛性人格障害者である親や指導者は、支配下にある子供や部下との信頼関係を使って他人を攻撃する

 

指導者の話に行く前に、ちょっぴり身近な家庭内の例を出してみようと思う

 

例えば、夫が子供に「ダメな母親に育てられたお前はかわいそうだ、こんなことも教えて貰っていないのか?」と言う

 

子供は、母親に従うと自分が人よりも出来ない人間になってしまう気がして、母親をバカにする

 

夫が直接妻を攻撃しなくとも、子供が母親に辛辣な言葉を放つ

 

家族は妻を一番下に置き、底辺にいるものはバカにされて当然という構造が家庭内で出来上がる

 

これはそのまま学校に持ち込まれ、その子は周囲に順位をつけ、下位の人をバカにする

新しい子が転校してくると、その順位を脅かされると攻撃する

いじめは家庭内から連鎖する

 

これ、指導者でも同様

指導者はその指導に関して親よりも圧倒的に上の立場にある

 

子供達の信頼も厚い

 

だから、実はこの手法はとっても使いやすい

 

指導者が子供達をひいきする際に、親の好き嫌いを含ませた場合、子供達は「自分が見て貰えないのは親のせいだ!」と思う

 

「お母さんのせいで私は見て貰えない!お母さんが他のお母さんみたいにちゃんとしてくれないから!」と母親を攻撃する

 

そんな指導者は親の目がない子とある子で扱いを変える

 

自分を評価してくれそうな親の子供を手厚く見る

 

親の目がない子は別に見なくてもいいし、子供なんかに自分を評価出来るわけがないと子供達をバカにしている

 

でも、実際子供達はその評価の理由が分かるから、親達に「来てくれ!見てくれ!」とせがむのだ

 

そして、自分が見てくれるかくれないか?上手くなるかならないか?起用されるかされないか?なんてところを全て親のせいにする

 

これで立派なパワハラ構造が出来上がる

 

これはスポーツの集団や習い事なんかには意外と多いなと感じる

 

そして、これって結構紙一重

 

指導者の自信がある時は、親の評価なんて必要無いからこんなことは起きない

 

子供達の成績がパッとしなくなってきて自信が無くなると、親の評価や周囲の評価が気になって、過去にはそんな事をしたことがない人でも、パワハラのスパイラルに陥ってしまうのだと思う

 

成績、評価の出るスポーツや競技は、パワハラが起きやすいのはこの為なんじゃないか?と感じる

 

これでそのグループの下位になった場合、逃げるしか無いんだろうけど、こういう指導者から逃げると敵認定される場合がほとんど

 

自分の評価を見限った事に対する嫌がらせや腹いせを覚悟しないといけないし、それにさらされる子供達が嫌な思いもする

 

それを親のせいにする考え方も子供達の中に健在だろうから、子供から親への攻撃もあるだろう

もしかしたら、その事自体をやめなければならない場合も…

 

それでも、その場から逃げる勇気をもって逃げた方が良いのか、その負のスパイラルの中で自分の子供だけの順位を上げることにつとめるのか?

 

そんな選択をせざるおえない時、親の考え方は子供にいつか伝わると思う

 

家庭でも習い事でも、パワハラ構造から逃げる事がとっても難しい理由として、「子供達が嫌な思いをする」とか「好きなことを出来なくさせられるのではないか?」という不安は本当に大きい

 

すっぱりやめて他の事をやるという選択が一番らくなんだけどそれが出来ない場合は覚悟を決めないといけないかも

 

敵認定をした場合、パワハラをする配偶者や指導者は、逆らった人間が嫌な思いをする事が目的になってしまう

 

それでも助けを求められるか?それでも出ると決意を固められるか?それでもやるという熱意があるか?それでも続ける位好きか?なんてところが試されてるのかなと思う

 

中途半端は辛い

 

逃げるなら逃げて良かったと思える日までその気持ちを維持する力と助けてくれる人への感謝をもって、逃げきって欲しい

応援しています

 

久しぶりにこのカテゴリーの記事を書きました

穏やかな日々を過ごしていた証拠かなあと思います

最近頭の中を整理したいことがチラホラ出てきているのでまた記事の更新があるかもしれません

 

学校教育の体育って必要?運動が苦手な人の運動不足解消ってどうする?


学校教育に体育の授業って必要?って疑問

私の個人的な考えですが今のままだといらないなって思います

そんな思いとは裏腹に、学生時代の運動はとっても大切です

だから、体育の時間楽しく皆で運動をすることはいいと思うんです

でも、学校の体育って楽しいですか?

 

縄跳びとかプールとか分かりやすいと思うのですが、出来る子が「出来るを見せる時間」、出来ない子は「出来ないを思いしらされる時間」なんじゃないかな?って思います

 

運動が出来る子は、その後少年団やクラブチームに入って、プロの先生に教えてもらうことによって、人の話を聞いて練習すると出来るようになる事、目標を達成する事など、運動をする事で生きていく上で大切なことを学ぶんです

 

それに対して出来ない子は、家で練習してきてください!

休み中の課題です!って…

先生が出来るコツを教えてくれる訳じゃない…

 

運動大好きな体育の先生が、運動が出来る子に向けて運動のすばらしさを教える時間

 

運動が苦手な子の体育の時間の居づらさや運動が出来ない理由を紐解きながら運動が出来るようにしてくれる時間じゃないんです

 

出来る子と出来ない子を分けても、出来ない子を出来るようにするために授業がある訳じゃないんです

 

小学校なんて、もしかしたら運動が出来る子は体育の出来る先生がついて、運動が出来ない子にはちょっぴり運動が苦手な先生がついたりしちゃうことだってあるかもしれないです

 

なんせ、担任制ですから…

 

運動って、特に学生時代はやればやるほど上手になります

どんなに不器用で運動が出来ないなって諦めちゃうような子でも、ものすごい伸び代があるんです

 

なのに、不器用な子達は体育で「出来ない自分」を自覚させられて、恥ずかしい思いをさせられて、おまけに何をやっても出来ない事を思いしらされる

なんだったら、運動神経抜群の子達から「あいつはだめだな」なんて言われちゃう

 

運動が嫌いになるのは当然なのかも

 

小中学校で運動が嫌いになってしまった人は、それを一生ひきずっています

「運動が苦手」「運動神経が悪い」「運動神経がない」って言葉大人になっても聞きます

 

そのせいで、運動で学べる目標の達成の仕方や自分の体や心のコントロールの仕方を学ぶ機会が減ってしまうかもしれないです

 

運動にはめっちゃ練習しなきゃ出来ないことも多いですが、コツさえつかめば出来るようになる事だって実はたくさんあるんです

学校では向上心をくすぐる楽しい授業が出来たらいいのになあと思います

 

面白い先生がいたら皆その道に行ってしまうくらい学校の先生の影響って大きいんですから、体育が嫌いになるほどの影響を自分が与えてる自覚を先生達には持って欲しいなあと思います

 

 

ちなみに、もう既に苦手意識を持ったまま大人になってしまった方は…

 

運動しなきゃ健康に悪いよねなんて思いつつも運動不足を放置しがちです

 

そんな方は、とにかく、興味が持てそうな先生がいる習い事を探してみてください!

学校の先生と一緒で、先生の影響って本当に大きいです

上手になりたくなる気分にさせてくれる先生と出会えば、運動が苦手でも続けられるし、結果運動不足なんかに悩まなくても済むと思います

 

休みたくなくなるほど楽しい習い事が見つかれば、一生健康で幸せかもしれません

 

なんて、ピラティスインストラクターらしい記事で久々書いてみました

 

ショートスリーパーとロングスリーパーの性格


ショートスリーパーって知っている?

私は、典型的なショートスリーパー6時間未満の睡眠時間)なんだけど、実は5~8%しかいないらしい

 

そしてロングスリーパー(9時間以上の睡眠時間)も3%~9%なんだけど、これは我が家の旦那様なんだけど、性格に偏りがあるらしい

 

ショートスリーパーは外向的で勤勉、社会に適用しやすく自信を持って精力的・野心的で多忙。不平不満はあまり持たず、自分自身や現在の状況に満足しているんだって!

 

そして、ロングスリーパーはというと、内向的で孤独を愛し、創造的でしかも細かい点にまで注意をはらい、社会や政治に批判的な目を向けるので現状に満足しづらいらしい

 

引用:「All About「医療 健康」」より

 

ふふ、私ですが今でさえ外向的ですが、どっぷり内向的で自信のない時からショートスリーパーです

睡眠時間が少なくて精神的に病んでいるほどピリピリしても寝る時間は短かったけどなあーなんて思いますが、今や立派なショートスリーパー的性格

ショートスリーパー的で、速攻深い睡眠に入ります

 

そして、旦那様ですがとっても社交的で自信満々な感じ

外では細かいことにとっても配慮しますが、家では何にも気が付きません

社交的な外見は家では全く見られませんし、創造的な面も全く見られません

まあ、不平不満ばかりなのは細かい面に気が付くからなんでしょうから、いい風には使えていないなと思います

 

ショートスリーパーには、明石家さんまさんなんかがいるようです!

??私あんな感じなのかな?

まあ現状を受け止めてはいますが、満足…カナ

3時に寝たとしても、翌日は家の中で一番早く起きてますから、自分でもすごいなあと思います

これ。ピラティスのおかげかな?

 

睡眠時間の常識が全く違うのだから、理解し合えないなあと思います