心と身体とピラティスと運動

倉敷でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

トレーナーの技術を上げるってどういうこと?

実業団やスポーツ少年団なども最近はプロトレーナーがいたりする

 

部活だっているのかな??

 

トレーナーって言っても、資格や技術は色々だなと思うんです

 

子供だって体を作ることで怪我を少なくしたり、心をコントロールすることで本番のコンディションを整えたり、色々なところでトレーナーが必要なのかもしれない

 

確かに必要なのかもしれないけれど…やっぱり子供達の一番のトレーナーは親だと思うんです

 

トレーナーを選ぶのだって子供達の場合は結局は親です

 

親の代わりに厳しくしつけてくれる先生がいいなんて親が思ってしまえば、ちょっぴり今時ではないトレーナーを選ぶ事だってあるかもしれない

 

技術が高いトレーナーさんや先生に多い、ストイックで隙の無い感じの人は、はっきりいって子供達にはしんどい

 

確かに「水は飲むな!」「ひたすら努力だ!」なんて言われたら困っちゃうけど、トレーナーさんの技術が上がればいい訳じゃ無いのかな

 

どちらかと言えば、私は一人一人が自分をコントロールする技術をあげないといけないんじゃないかなと思う

 

要するに、自立

 

今や情報社会

 

中途半端なトレーナーより知識がある素人だって沢山いる

 

結局、トレーナーの技術を上げるっていう意味は、知識を詰め込むんじゃなくて、観察眼を上げるだけなんじゃないかなと思ったりもする

 

大人も子供も自立して、自分では見えない自分をしっかり観察して、イマイチな所を見つけてなおしてくれるトレーナーさんに出会えれば、最高なのかなと思う

 

技術を上げるのはもちろんだけど、そんな観察眼を身に付けたいな

 

我が子はさっき言った、技術の高いストイックな先生が苦手

 

あの圧迫感は半端無い

 

いくら優しい言葉をかけてくれてても、期待値が高く思えて辛い

 

あの圧迫感はどうにかならないのかな…

 

まっ、ちょっぴり共感性のスイッチをオフにすればいいだけかもしれないけどね

 

吉本もパワハラだ!?

吉本もパワハラ

 

やっぱりパワハラっぽい

 

社長ののらりくらりの会見に吐き気がしそうだった

 

今までそんな人ではなかったかもしれないけれど…

 

冗談だった!って言われても、力を持っての圧力にはハラスメント

 

ふざけてたと言ってもいじめはいじめと一緒

 

多分、信用は得られないなという会見

 

「相手が元々悪かったのだから、そこに立ち返ろうよ」っていっちゃうところが終わってる

 

先日の二人の会見に比べたら、なかなか同情出来ない会見だった

 

これを期にいい方向に向かえばいいなと思うけど、難しそう

 

圧力をかけられた方が信用を勝ち取る会見って最近増えている気がする

 

後から対応したお偉いさんがジタバタするのがみっともなく見えるかも

自己愛性人格障害者に仕返しした人を見て思う

自己愛性人格障害者が「謝れ!」っていうのに対して「悪くないから謝らない!」って言ってバチバチと火花を散らしてた人がいた

 

「謝れ!」って言うのも凄いけど「悪くないから謝らない!」って私は言えないから凄いなって思っていた

 

凄いなってより、きついなって印象かな

 

その時点で自分ならどうするかな?

まあ、なるべく近づかない

 

「謝れ!」って言われたら、とりあえず謝るかも

その後離れるかななーんて思っていた

 

そのうち、対立が激化する

 

ある日、自己愛性人格障害者がまたいちゃもんをつけてきた

 

まあ、言いたい事は理解できたけど、バチバチやってるところで言ってもただのいちゃもんになってしまった

 

そして、ただのいちゃもんだと受け止めた相手が、切れた

 

「そんなことしてないのにいちゃもんをつけてくるなんて謝れ!」となった

 

自己愛性人格障害者の言いたい事が分かる出来事だっただけに、その反撃には共感出来なかった

 

そして、反撃ほ終わらず、そこかしこにいちゃもんをつけてきた自己愛性人格障害者の悪行を言いふらしている

 

初めに言ってきたのは確かに自己愛性人格障害者なんだけど、結局反撃した人も自己愛性人格障害者なのだ

 

自分が上だから注意してあげてると自己愛性人格障害者は思っていたいたのだが、相手も今度は自分が上だから言いたい放題言えるとなってしまう

 

勝ち負けが逆転しただけで、勝ち負けが人間関係に存在していることに変わりはない

 

 

本当は人間関係に勝ち負けはあまり関係ない

 

勝負に勝ったからって、負けた相手を奴隷に出来る訳ではない

 

相手が悪いからって自分が正しい訳でもない

 

相手が地に落ちたからって、自分が天下をとれるわけでもない

 

でも、自己愛性人格障害者の考え方だと、勝負に勝てば負けた相手を奴隷に出来るし、相手が悪いと証明できれば自分が正しいと言うことなのだ

 

毎日マウンティングをされていると、そのうちその価値観が移って、結局その人も自己愛性人格障害者になってしまう

 

そうなったら、どっちもどっちだ

 

どちらの味方にもつけないし、近づきたくない

 

いつかまた、はじめから自己愛性人格障害者だった人が巻き返してギャンギャンやるんだろうな

 

常に上下を意識して、勝負をし続けるんだろうな

 

なんて思いながら、静観している

 

自己愛性人格障害者は放っておけば自滅する

 

やられたら仕返しをするより離れて自滅するのを見ている方が楽だしいいなと私は思うけど、やっぱり同じ土俵に立ちたくなってしまうのかもしれない

 

また一人自己愛性人格障害者が増えただろう出来事に残念だと思った

ピラティスになんで自己愛性人格障害?②

ピラティスになんで自己愛性人格障害??ってやっぱり疑問

ちょっぴり付け足してみようと思う

自己愛性人格障害者を見ていて日々色々な事を思う

いじめや不登校やストーカーやDVやパワハラなど色々な事に自己愛性人格障害者の考え方や行動は影響する

ピラティスや「めざせNO.1」で人と関わる中で、自己愛性人格障害者から受けるストレスをかわせる心や自己愛性人格障害者的な考え方に片寄らないで生きていく方法をそっと生徒さんの頭の片隅に置いてあげる事が出来るといいなと思っている

実際、「めざせNO.1」に通う子供達も親御さんもどんどんとたくましくなっていく

初めは意見が言えない自信のない子もどんどんと意見を言いだす

出来なくて諦めていた子は、出来ない事に向き合えないだけ

そうなってしまったのは、比べて冷やかす人がいたり、出来ない事で自分がダメな人間だと思ってしまったため

「めざせNO.1」に通って諦めが少しずつ消えていくと、なんとか出来る方法を考えたり、考えた事がそれで正しいかを私に聞いてきます

そんな姿をみて、少しずつ自己愛性人格障害的な考え方が抜けてきてるなって思うんです

自己愛性人格障害者を沢山見る中でしっかり勉強させてもらって、世の中でしんどい思いをしている人達に少しでも還元できればいいなと思っています

直接お会いできる人は少ないと思うので、ブログを見て少しでも楽になる方法を自分のものにできる人がいればいいなと思います

自己愛性人格障害者もきっと全てが悪ではないです

ただ、極端な人はどんな人でも近くにいると辛いので、上手に距離をとらないと気持ちがやられます

その距離感を掴むきっかけにしてみてください

口をつぼめている人が苦手

口をずっとつぼめている人がいる

 

物凄く苦手だ

 

なんでなんだろう??

 

ずっと考えていた

 

「口をつぼめるしぐさ」と検索すると反対意見がある場合や、納得がいかない時にやるしぐさなのだと分かった

 

ずっと口をつぼめているということは、相手に対してずっと反対の意見を持っているような印象を与えるということだ

 

素直そうには見れないし、無駄に怒られそうだな

人の印象って大事だ

 

私も学生の頃、先生に教えて貰うときに真剣に長々と説明を受けることが多かった

 

要するに、相手から見ると分かってなさそうな印象らしい

 

先生は嫌な顔はしていなかったから、嫌な印象ではなかつたのかな??

 

こちらは分かってうなずいているのに…と不思議だった

ちなみ、多分我が子もそんな感じ

 

これが、自己愛性人格障害者にいつまでも説明されたりバカにされたりする1つの要因かもしれない

 

自分がどう思われているか、どこに理由があるのかを少し考えた方がいいかも

 

あの口をつぼめている人を苦手だと思うのは当然で、私の人の表情から受ける感覚は結構ちゃんとしているなと思ってみた

ファンから敵対心へと変わる心理

悪口や文句や誹謗中傷を直接言うのも間接的に誰かに言うのもSNSとかに書くのも、その人に対して物凄い興味があることが大前提

 

そういう人は悪口や文句をいう人の生活やブログを事細かにチェックしている

 

なんの根拠もない悪口なんて誰も聞いてくれないから、情報収集に余念がない

 

その時点では、熱烈なファン

 

ファンがどこで敵対心に変わってしまうのか??凄い不思議

 

強烈なファンは、物凄くその人が好きということ

 

本当は独り占めしたい

なんならその人になりたい

 

その人を自分の物にしたい

 

自分だけを頼ってくれればいいと思う

自分だけに特別扱いをしてほしい

 

悪い噂を立てて自分は味方だと近づいて頼ってもらうっていうのが1つの方法

 

アプローチして無理だった場合や、その人が皆を平等に扱った場合は、これが一転「裏切った」となる

 

プレゼントを渡しても自分を特別扱いしてくれない場合は特別扱いしてくれない事を裏切りだと思う

 

思い込みにより自分と付き合っているはずだとか親友だとか思っていると、自分が恋人や親友の扱いをされないことに対して、裏切りだと思う

 

自分の思い描いていた人物像ではない事を裏切りだと思う

 

自分の中の想像と現実のその人との境界線が分からなくなった事で、相手に自分の理想を押し付け過度な期待をしてしまう

 

その期待値まで達しない相手を「裏切った」と責めたてる

 

特別扱いをしてもらえなかった裏切りを屈辱だといい、突然敵対心に変えて、攻撃へと転じる

 

大好きが、いきなり悪口を言ったり、意地悪をしたり嫌がらせをするようになると、びっくりするけど、こういう事をする人達の頭の中では日常的に当然の思考で、道理の通った事なのだ

 

これが典型的な自己愛性人格障害者の考え方

 

自己愛性人格障害者はこの原理に基づいて、その何もしてない人を社会に放っておくと皆に自分のような嫌な思いをさせる迷惑な人だと思い「抹殺しなきゃいけない」とか考えてしまう

 

独り占めしたいと思って危害を加える人もいれば、独自の正義を振りかざして危害を加える人もいる

 

自己愛性人格障害者の考え方は、全て同じ原理なのに人によって出し方が違う

 

そして、その行動がとにかく理解しづらい

 

ファンだったのに何で??とか、昨日まで味方だったのにいきなり敵??なんて事は良くある

 

なんだか変だぞ!って思う違和感を大切にして、距離を置かないと危険かもしれない

 

自己愛性人格障害者にやり返すと…

自己愛性人格障害者に攻撃されて、しょんぼりしてると、イライラをぶつけられ続けてしまう

 

だからといって、カーッとなって言い返したりやり返したりしたら、実はすっかり自己愛性人格障害者の思うつぼ

 

やり返さなきゃ、そのうち周りからの同情も多少は買えるし、どんなに悪い噂が立とうとそのうち分かってくれる人はいる

 

でも、やり返した瞬間にそのうち分かってくれるはずだった実は頼れるカッコいい人も少し同情していた人も、一気に距離を置く

 

なぜなら、やり返した瞬間にその人は自己愛性人格障害者となんら変わらない人間になってしまうからだ

 

自己愛性人格障害者は常に人の上下関係をハッキリさせて、自分が上だと知らしめたい

 

相手を見下したり、悪者扱いしたり、出来損ないの扱いをしたり、謝らせたり

 

物凄い理不尽な事もあってやられたら確かに頭に来てしまうけれど、だからって自己愛性人格障害者の粗を探してを見下したり、悪者扱いしたり、出来損ない扱いをしたり、謝らせたりしたら、あっという間にその人だって自己愛性人格障害者になってしまう

 

自己愛性人格障害者を見下して、やり返す事はその自己愛性人格障害者を含め周りを見下すこととなる

 

やり返す事の出来ない周囲の人達を嘲笑う事になる

 

基本的に自己愛性人格障害者の近くにいると考え方が伝染する

 

毎日話していれば、狂ったような競争心と猜疑心は心を蝕み、完璧を追い求め、実力が伴わない自分の劣等感を隠そうと外に強く出る

 

小さな違いにいちいち順位をつけ、その小さな違いに一喜一憂する

 

もちろん、少しでも周りに負ければしょんぼり、勝てばご機嫌で周りをバカにする

 

結局、自己愛性人格障害者の周りにいる人達も対抗する人達もやることは大して変わらないのです

 

コミュニティー自己愛性人格障害者が複数いれば、その複数の自己愛性人格障害者にそれぞれ複数の取り巻きがくっつく

 

特定の自己愛性人格障害者にべったりな人もいれば、行ったり来たりしながら上手く取り入っている様に見える人もいる

 

でも、皆考え方は変わらない

 

どこもかしこも競争心を剥き出しにして、誰かに抜かされまいとピリピリと周囲の動向を探る

 

小さな嘘をつき騙し合い、騙す相手をバカにする

 

言われたら言い返し、やられたらやり返し、本筋から離れたことに右往左往する

 

 

本当はどうしたらいいのか??

 

誰かにやられたり言われたら、なるべくスルーする

暖簾に腕押しの様に…

 

誰の味方にもならず、自分一人で今やるべき事を遂行出来る思いと強さをもって、そっと進んで行ければいいのかな

 

気がつけば自己愛性人格障害者が周りでジタバタして勝手に消えていくな~なんて思えるかもしれない