心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自慢の子供?自己愛性人格障害者の手柄の横取り

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「自慢の娘」「自慢の息子」普段なんとなく流してしまう言葉だった

でも、どこかで違和感を感じていた

 

考えてみたら私は使わない

というか、使う場面がない

 

尊敬するほど凄いな!っと子供に思うことがあれど、それを自分の自慢の種にする事はない

 

「あいつは凄いんだよ!」と我が子の事を話すかもしれないし、それを私の自慢と取る人がいるかもしれないけど、子供は私ではないので子供の出来たことで私の価値は上がらない なんて思っている

 

資格試験に合格した孫に「自慢の孫だ!」というその祖母を見て、私が思ったことは…

 

人の手柄を横取りするな!って事だった

勉強を一生懸命して受かったのはその子なのに、何もしていない祖母が孫の資格試験合格という美味しい部分だけを自慢するのかな?

 

いやいや、勝手に人の自慢しないで!って思う

 

孫が凄いことをいったい誰に自慢するの?それこそマウンティングだ

 

「うちの子ここの大学で!」「うちの子の会社はここで!」って皆に言いふらしても、親の価値なんて上がらない

 

それが、孫ならなおさら

 

普段関わっていないのに合格したら「自慢の孫」??あり得ない

 

そうして、自己愛性人格障害者は作られるのかも

 

親の自慢の子供になりたい!その一心で、子供が上を目指す

カッコいいような、いや歪んでいる…

 

そういう親たちは悪いところは子供のせいにする

子供の不出来を「世間体が悪い」とか「恥ずかしいから」とか言っちゃったりして、自分と子供の境界があやふやだ

 

子供の不出来が本当に不出来かも分からないし、その親がが思う子供の不出来で親が困る事なんてなにもないかもしれないのに、いい子が育つと出来る親になれると信じて疑わない

あー、やっぱりあの人種は苦手かも

 

子供達の頑張りを横取りしないで生きていきたい

 

自分の事を誇れるように、自分の価値を高めたい

 

自分が堂々としていられるように、頑張っていたい