心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

真似されるのは不快かな?

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我が子達の中で良くある事だけど…

長子のマネを次子がすると、長子は物凄い嫌がる

 

頑張って自分で編み出したスタイルや考えを、スッと真似してシラッとしている次子

   

人の真似って、噛み砕いて自分の物にしている分には嫌じゃないんだけど、噛み砕かずに真似されるのは不快感が半端じゃない

 

もちろん、真似する人は「いいな〜」って憧れからやっているだけなんだけど、それでも立て続けだと違和感が半端ない

 

結局、考えていないと何が合うのか何が自分にベストなのかが分からないから、ちょっとちぐはぐになる

 

考えていない状態で何がいいのか、どんなセットが自分にとって似合っているのか分からないから、片っ端から次々と真似していく事になる

 

そんな人は、そのうち「殆ど真似して同じ事をしている自分も同じ評価が得られるはずだ!」って気分になったり「同じ効果が得られるはずだ!」とか思ったりしてしまう

 

思い通りの評価や結果が得れないと、周囲への苛立ちに繋がったり、その本家のやっている事を否定したりしてしまう

 

やり方を盗むのだから試行錯誤する必要なんてない凄いメリットがあるのにも関わらず、感謝や敬意を払わず、その人を飛び越えようと負けん気を表に出して来たりする

 

もちろんそうではない人もいるけれど、真似する事に勢いがついてくると、そこに、ガッツリの依存心とガッツリの軽視が付いてくる気がして、嫌なのかもしれない

 

髪砕かないままの真似はちぐはぐ

 

真似は真似でしかかないから自分にあった形にするのは案外技術がいるのかなあと思う

 

オリジナリティーがあるからこそ真似されるんだと思うし、素敵だからこそ憧れるんだろうけど、それを分かってもあまり気分は良くないなと

 

素敵だ!って思って真似してばかりだと、別に勝ちたいとか奪ってやるとか思っていなくても、そのうち嫌がられちゃうかもしれないです

 

なんて思います

 

自己愛性人格障害者は普段から真似をしてその相手を飛び越してバカにして生きていっているんです

 

いくら敬意を示していても、ちゃんと口に出して、「素敵だ!」とか「真似するね」とか一言一言を相手に伝えないと、自己愛性人格障害者との違いは見えないので、不快に思う人はいるだろうなって思います

 

もちろん、それを商売にしている有名人に対してとかはいいと思うんです

 

身近な人に対する敬意や配慮は、上手にしたいなと思います

 

これも人との距離間かもしれないですね

 

どんなに素敵でも、べったりはやっぱり嫌なのかもしれません

 

私も、沢山の素敵な方々に囲まれていますが、そういえば普段はちょっぴり遠目の距離間で動いている気がします

 

もしかしたら、周囲の方よりもかなり遠目かもしれません

 

その方が上手く行く気がします

 

素敵な人はその人しか出来ない素敵を持っているので、真似出来る物ではないなと思ってしまうので、あまり真似する事がないのも現実です

 

おっと、もしや…

 

そもそも何かを取り入れるのと真似をするのは全然違った思考なのかもしれません

 

何かを取り入れている人が、何かを真似されると自分に無い思考なので、嫌悪感があるのかもしれません

 

やっぱり、身近な誰かの手法を真似する時は気をつけた方がいいのかもしれません