心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

紹介って案外出来ないものだ

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我が家は、ありがたい事に今まで色々な人に色々な人を紹介してもらっている

 

毎回「なかなか紹介はしないよ、だって面倒だもの」と言われながらの紹介を本当に有り難くは思っていたのだが、ここまでハードルが高い事だとは分かっていなかった

   

いざ、自分が紹介する立場になってみて、親しい人にこそ、紹介は難しいなと思う

 

結局、今回紹介する事は出来なかった

 

こだわりのある人だから紹介が難しいのかななん思ってみたが、私なんてこだわりの塊の様に思うから、なんだろう?

 

こだわりは関係ないのかな?

そう思い、考えてみました

 

やっぱり、責任を自分に置いている人じゃないと紹介って出来ないのかもしれない

 

依存度の高い人に紹介してしまうと、「あの人が良いって言ったから良いはずだ」とか「あの人が良いって言ったのにいまいちだった」とか言われそうだ

 

良くも悪くも、紹介した人に対する先入観があって、単体の評価で物を見ることが難しい

 

そんな事になると、相手にも迷惑が掛かるし、自分の評価がその紹介した人の評価と連動してしまう、なんだか不安定な評価じゃない?

 

誰かや何かと連動してしまう評価は、SNS時代の現在では当たり前の事かもしれないけれど、不確定でとてもとても信用が置ける物では無い

 

他人を紹介する時に一番気になるのは信用じゃないかなと思うんです

 

紹介して自分の手から離れても、この先ずっとびっくりする様な行いをしないだろうって信用です

 

なんだろう??

 

自分の名前を掲げて歩いてもらっても恥ずかしくないと思える信用

 

よく考えたら、そんな人なかなかいない

 

他人を紹介するって「何かあったらいつでも相談に乗るよ」と言うのと変わらない位の関係なのかもしれないです

 

もちろん、ビジネスとかお店の紹介とかの場合はもっと軽いとは思いますが、深いお付き合いがある方への紹介や、精神的な支えをお願い出来る他人なんて、家族以外の他人に紹介するのは難しい

 

それを今まで何度も繋いでくれた人達が居たなんて、私達家族はなんて幸せだったんだ!と改めて思ってみました

 

紹介して!って軽く言われて、軽く紹介する人も沢山いるけれど、私にはちょっとそれは馴染めないのかも

 

適当な人を紹介する事の難しさを考えると、私の人間関係はちょっと深いのかもしれないです

 

浅く多くではなく、深く少なくちゃんとした関係を築いて行ければいいと思っているので、いい傾向なのかもしれません

 

また感謝する事が増えちゃったな

 

毎日感謝だらけです