心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

丸鶏を食べる時職業柄?それとも元から?

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クリスマス時期は毎年丸鶏にご飯を詰めて焼いている

きれいに端から端まで食べるのだが、いつからかもしかしたらずっとなのか「おー、股関節だ〜」とか「筋肉だ〜」とか「ここからついてるの?」とか思いながら食べていた

高校生の時、生物の授業で鶏を一羽解剖した時はもちろん「内蔵の付いている場所」とかを思いながら解剖した訳だけど、あれからずっと毎年クリスマスの時期は私にとって解剖学の時間だったのかもしれないな


クリスマスご飯の写真を先日記事に出してみたけど、ちょっぴり承認欲求を満たす記事になりそうな予感がしたので削除です

丸鶏とご飯の写真は、このあと楽しい家族で解剖学の時間ですって写真と思って私が出したとしても、取る方はそうじゃない可能性は高いだろう事は想像出来るし…

まあ、他人がどう思っているかなんて結局分からないからいいのかもしれないし、ここはちょっぴり考えても分からないところです

動物を丸々食べる事は、子供達の教育にとってもいいと思います

魚とかはお手軽ですよね

鶏も、首が付いている物を売ってくれるところもあり、さっきまで生きていた物を食べる事に感謝しながら、食べる事が出来ます

どこにナイフを入れるか?どこの関節が外れるか?なんていうのも、机上の問題ではなく、目で見て分かるのが面白い

最近は「あなたが怪我したのはここね」なんて言いながら、食べている我が家

小学生だと骨を切ろうとしたりするし、子供達の体に対する理解度もあー面白いなって感じます

ただ美味しくご飯を頂く時間でも、家庭によって人によって全く違う事を感じる事は、まあ当然の事

同じ物を見て、他人は何を感じているのかななんて事は無限で面白いけど、それを思っていたらきりが無いとも思うから、結局は自分の事しか分からないのかも

そ、他人に何も言わずに「分かるだろう!」も横暴だし、「分かってくれよ」も横暴なんだ

なので、分からないけど面白い!で、これからも生きていこう


一応、ピラティスのインストラクターなので、鶏を食べながら、体の事を考えているよって話でした

多分、事務職でも同じ事しか考えていないと思ます

それが私なので