心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自己愛性人格障害者の姉妹の子供達

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私の周りには、自己愛性人格障害者とその娘のセットが沢山いる

大体が一人っ子

それはきっと自己愛性人格障害者は子供がそんなに好きではないからだと思う

「自分の思い通りになるペット」って感じ

そりゃー一人で充分だ


自己愛性人格障害者の母親に男の子が生まれれば、やっぱり同一化出来る女の子が欲しいと思うから二人目が欲しいと思う気持ちはあるだろう事は理解出来る



でも、女の子一人生まれれば自己愛性人格障害者にとってはそれだけで充分なはず


それでも子供が下に子供がいる人を私がどう見ているかと言うと、世間体や誰かと張り合ったりして子供を産んだなと思う


実際、私と張り合って欲しくもないのに3人目を産んだ人もいるし…


私にとってはなかなか衝撃的な出来事でした

人と張り合って、子供が欲しくなる?


ずっと育てていかなければならないという責任より、目先の誰かに勝つという思いが上回る事があるなんてありえないと思うんです

どれだけ自己愛性人格障害者の頭の中が短絡的で、自分のためだけに生きているのかを思い知らされました


ところで、そんな自己愛性人格障害者の中に姉妹を育ててる方は何人かいます

自己愛性人格障害者にとっては産む時から次女はおまけでしかないので、大抵長女にガッツリ依存して可愛がり、お金と時間を注いでいます



とりあえず、次女に対する自己愛性人格障害者の依存度は低いのか…

でも、「あんたはお姉ちゃんと比べて何も出来ない!」とずっと言われて生きていく

産まれた時以外は、別にいて欲しい存在でも何でも無い次女は、はっきり言って大きくなれば邪魔なのだ

発達障害などの疑いを掛けられたり、バカ扱いを家族中からされて自己評価は低い子に育つ

小さい頃からいじめをして自己評価をあげようとする子もいれば、何も決められず自己愛性人格障害者である親や友達にベッタリと依存する子もいる


それは、自己愛性人格障害者の子は皆共通しているけれど、何だか次女の扱いの酷さが凄い


長女より可愛い子もいるんだけど、可愛がってない

長女より出来るんだけど、長女は出来ると親は長女を溺愛している


あの子達の価値は産まれて来る時にしか無い


そう思ったら、納得のいくことばかりだった


次女が生まれる時、その人はどういう周りに囲まれて居たのか想像がつく

「子供が好きであるべきだ!」「子供は二人以上じゃないと可哀想」「あの人は二人目を産んだから」なんてところだろうか

いつかまた近い境遇の張り合いたい親子が出てくれば、次女の利用価値が出てくるときがある


その時まで…待機させておく?

育てなくても子供は育つ

待機させてもロボットみたいに電源を入れたときだけ動く訳じゃない

そんな次女達は、いったい何を思っているのだろう?

興味はあるけど、同情はない

長女に隠れてたまにしか見ないあの子達も、自己愛性人格障害者か取り巻きにしかならないのかな〜と思うから


子供は増えて欲しいけどほんと迷惑

関わって生きていく私達はいったいどうしたらいいのかな

いつも悩むべきところだな