心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

うちの子勉強は好きなの!の真意って??

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自己愛性人格障害者である母親の何人かが「うちの子勉強は好きなのよ。問題集とか解くのが好きみたいで、宿題とかもちゃんと自分でやるのよ」って周りに言うんです

もちろん「凄いね~うちは勉強なんて嫌いと思うわ」って笑いながら返すのだけれど…

 

私の主観では、決してその子が飛び抜けて勉強出来そうではない…

既に小学生で学校の勉強に手こずる姿も見られるような…

   

小学生のうちは勉強なんてしなくても公立は特に学校のテストでは100点取れるものではないのかな?

学校を何日も休んだり不登校になったとしても、勉強についていけないなんて、あまり私も我が子達も無い

 

教科書を見れば全て答えが書いてあるようなテストが出来ないのなら、どの教科でも国語を勉強した方が良さそうだ

 

なーんて思ってしまう

 

そんな私も我が子達も勉強は好きではない

我が子達は頭は良さそうだけど、勉強が出来るかと言えばそうではない

 

勉強嫌いだけれど、遅れる事は無いし、分からないのは気持ち悪いから、分かるまでやるけれど、まあその程度

 

やれば出来るかもしれないけど、やらないから出来ない

 

「やれば出来るのにね」なーんて言葉も恥ずかしくて言えない

だって、宿題すらやりたくないのに勉強に向き合う事を想像出来ない

 

「うちの子勉強が好きなのよ」なんて子供の意思に反した言葉を私が放ったのなら、子供達から鉄拳が飛んできそうだ(笑)

 

そもそも、勉強が好きな子供なんてそんなにいなくない?なんて思ってしまう私

 

いるかもしれないけど、子供が自分でいうのではなく親が言うのはおかしくない?

 

算数が大好きで問題をひたすら解く子供だって、別に算数の問題が好きなだけで、勉強が好きな訳じゃない

 

辞書を読むのが好きな子だって勉強が好きなのとは違う

 

一体どんな思考でそんな言葉が出てくるのか、凄い不思議

 

要するに「勉強が好きで宿題をちゃんとする子供=理想の出来た子供」って事なのかもしれない

 

理想の出来た子供を育てることの出来ている育児の成功者である自分をアピールしたいのかもしれない

 

毎度、大して勉強が出来るか出来ないか分からない小学生の子供を「勉強が出来る」という客観的評価ではなく「勉強が好きだ」という抽象的なアピールをする人に違和感を感じていたのはそのためだったのかもしれない

 

いづれ勉強はしなければいけない時が来る

 

その時に自分の意思で勉強と向き合えれば、いいんじゃないかな

 

親が偉い訳でもないし、困るわけでもない

 

ちゃんと出来るのなら子供が偉い、出来ないなら子供が困る

 

親と子供が独立した人間だと分かっていれば、自分が嫌いな勉強を「子供は好きだ」なんてアピールはしないと思う

 

やっぱり変だもの