心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自己愛性人格障害者を応援する人達の思い

自己愛性人格障害者は「応援してね」と言う

その言葉通りなら、「余裕があったら応援しに来てね」なんだけど、自己愛性人格障害者を知っている人でそれを言葉通り受け取る人はびっくりするほど少ない

なぜか?

それは、その裏に「必ず」が含まれているからだ

まず、自己愛性人格障害者は言ったのにやらない人をクズ扱いする

試合前に「応援してね」と自己愛性人格障害者に言われたら、何があっても応援しに行かなければ、「あの時応援してくれるって言ったのに酷い!」と人に言われてしまう

本人に言ってくれば、用事があったとか言い訳出来るけど、他人に言われてしまうとどうにもならない

だから、それは避けたいと思うと応援せざるを得ない

しかも、団体戦のような時に他の子を応援していたのを見たりすると、あからさまに嫌な顔をする

「私が「応援してね」と言ったはずなのに、何も言ってない人を応援するなんて酷い!」と他の人に言われてしまう

それは避けたいから、声を掛けられると応援せざるを得ないとなってしまう

結果、試合前に「応援してね」と声を掛けられると、その人に聞こえるように応援せざるを得なくなる

応援を得るためにに自己愛性人格障害者は試合前に「応援してね」と声を掛けまくる

その大きな声での応援にその人がいかにも人気がありそうに他人から見れば見えるのだが、決してそうでは無い

あの大きな声の応援が、強迫観念に駆られた仕方のない応援だなんて、悲しすぎる

それでも、自分は人気者だと思っている自己愛性人格障害者って一体何なんだろう?

私は心からの応援があれば、声が聞こえなくてもその場に居てくれなくても嬉しい

声を掛けてくれる人がいれば全てにありがとうと言えるし、ありがとうと思えるけどな〜

自己愛性人格障害者に声を掛けられるのはごめんだけど…