心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

感謝を伝える幸せってなんだ?

f:id:pilatesno-1:20210216094343j:plain人に感謝されるって嬉しい

 

何でだろう?

 

もちろん、何かをしてくれたからありがとうなんだけど、ありがとうは何かをしてくれた時ばかりではない気がする

 

私自身、他愛もない事が嬉しい

 

その場が楽しかった事は、そこにいるメンバーが良かったからだし、そこに行きたくなるのは、そこにいる人が好きだからだったりする

 

もしそうだったら、そこにいる人やその好きな人に感謝する

 

「あなたが居てくれるから楽しい」と素直に言える

 

そこに、大っきらいな人がいたら足は遠のくだろうし、いく事を考えるだけで気が重くなるなんて事になったら、その人がそこに存在するだけで、気分は最悪だ

 

嫌な事は物凄い感じるのに、幸せは日常だと思って感謝出来ないのは寂しいかもしれない

 

 

何かをしてくれたから感謝するのは「対価」のような物かなって思う

 

お金を渡す代わりにありがとうを言う感じなのかもしれない

 

これは、誰でも言えるありがとう

 

小さい時から人として教えてもらうありがとうだ

 

でも、そこにいるだけでのありがとうは言える人と言えない人がいる

 

感じる人と感じられない人がいる

 

そのありがとうは人の存在価値を評価する言葉のような物で対価では無い

 

ギブアンドテイクではない、損得勘定ではそこに存在すら無い価値を有ると思う人がいる

 

そして、その感謝は、その言葉や思いだけで人を幸せにして、自分も幸せする

 

もしかしたら、それが「愛」なのかもしれないなんて思う

 

もしそうなら、損得勘定や勝負の世界を右往左往している自己愛性人格障害者には、一生感じられないかもしれない

 

対価ではない感謝は、素敵だけど、感じる人にしか見えない

 

そして、一度見えだすとそこかしこに転がっていて、常に見えているキラキラした物なのかもしれない

 

愛情の深い人には、見えている物が沢山あるのかな〜なんて思うと、素敵な人が益々素敵に見えて来た