心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

怖いのは誰のせい?

何かが怖い時、誰でも怖いのは相手のせいだと思う

 

例えば、「ゴキブリが怖い」のはゴキブリのせいだと思う

 

出てきたゴキブリが悪いに決まってる

 

ゴキブリの形が悪い

 

飛んでくるから悪い

 

でも、ゴキブリが好きな人もいるかもしれない

 

ゴキブリをカブトムシと勘違いすれば素敵に見える人もいるかもしれない

 

ゴキブリを研究している人には宝かもしれないのです

 

 

ゴキブリから見たら、人間は大きいし見つかったら殺される

 

明らかに命の危険にさらされるとんでもない敵になるはずです

 

雲泥の差がある力といい、勝てるものは逃げ足位

 

ゴキブリからしたら人間は恐竜の様に立ちはだかる怖い存在だと思うんです

 

 

では、逆は…

 

ゴキブリが怖いと思っているのは、その人本人が思っているだけで、人間に命の危険はありません

 

ゴキブリが飛んだって逃げただけで、殺さなきゃいけない訳でもないのです

 

「自分がゴキブリが怖い」という事実を見ている様ですが、ゴキブリが悪いとゴキブリのせいにして、自分の価値観は絶対だと思っているんです

 

ともあれ、私もゴキブリは苦手です

 

出てきたら追い出さないといけないですから

面倒な生き物だと思っています

 

 

ところで、何かが「怖い」となった時は、明らかにその何かのせいではないのです

 

「あの人が怖い」「あの場所が怖い」は、あの人やあの場所が怖い自分の意識を変えなければ、解決しない事なのです

 

何かが出来ない時に「あの人が怖いから」「あそこに行くのが怖いから」と声高々に理由を述べる人が沢山いますが、それは自分の意識は変えることなく、その怖い物のせいにして逃げる言い訳にしか過ぎません

 

そのもっともらしい理由は、ただの言い訳だと本人が分かるのはとても難しいかもしれません

 

でも、一つの考え方として持っているととても便利な考え方だと私は思います

 

怖いを克服するのに大切な考え方です

 

誰かが怖い時、その人がありんこの様に小さく見えたら、怖く無いと思います

中身が空っぽに見えたら、気にならないかもしれません

 

怖い怪物に見えるのは、自分のせいでその怪物のせいではないのです

 

立ち上がって見たら小さな小さなトカゲかもしれませんよ