心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

グループ特有の雰囲気ってある

f:id:pilatesno-1:20210213010817j:plain自分の会社とか、習い事とか、子供の学校や保育園や子供の習い事などの特有の雰囲気ってある

 

その雰囲気っていったい誰が作るんだろう?って考えてみた

 

基本は、やっぱりトップの雰囲気だろうと思う

 

トップが優しければ優しくなるし、トップがキツい所はピリピリすると思う

 

でも、それだけじゃない

 

トップが優しくても、その力がガツッとしていないと、トップより下の強い人が出てきてそのグループが乗っ取られる時がある

 

これは、トップが厳しい場合はあまりない

 

あと、大きくなりすぎるとトップの雰囲気では無くなるときもあるのかも

 

自己愛性人格障害者のトップは大勢しやすい

そもそも、支配被支配の考えたなので、人を支配して利益を出し安い考えただからかもしれない

 

となると、自己愛性人格障害者では無い人がトップに上がるのはかなり難しい

 

しかも、トップになっても優しかったり付け込まれたりすると自己愛性人格障害者に乗っ取られる可能性がある

 

だからこそ、自己愛性人格障害者以外の人がトップになるのには相当の技術がいるし、そういうグループのトップは優しさの中にも芯があって強い

 

そして、そのグループにいる多くの人が、自己愛性人格障害者が大きくなり難い雰囲気を作っている

 

今日本には少ない、幸せに気が付くことが出来る自立した人が、何人かいるのも特徴的かもしれない

 

これはなかなか難しいバランスだと思う

 

今、私はそんなグループの中にいる

 

このグループが素敵に大勢すればいいなと思うし、自己愛性人格障害者のグループなんかが衰退していけばいいと思う

 

そもそもの自己愛性人格障害者がゴロゴロいる土壌ってある

 

とにかく過保護な今の社会は、学校だって驚くほど自己愛性人格障害者ばかりの所ってある

 

お金もあるだろうし、遊ぶ感覚も全く質素とはかけ離れた所ってある

 

お金もあって過保護だと、なんだか特別な気分になってしまうのかもしれない

 

自己愛性人格障害者が大きくなる要因

 

自己愛性人格障害者がいない所なんてない

 

自己愛性人格障害者だらけはゴメンだけど、パラパラいる自己愛性人格障害者を小さいままにしながら距離を保って共存していくならなんとか出来そうだ

 

今は素敵なトップに出会えた事に感謝して、自己愛性人格障害者が大きくならないように共存していけたら最高だと思う

 

トップの作った雰囲気を保つ一人になれたらいいな