心と身体とピラティスと運動

倉敷でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自己愛性人格障害者を救う事より

自己愛性人格障害者に愛を与えれば治るかも、とか、私が居てあげないと彼は壊れてしまうかもとか私が助けてあげないとなんて思う事もあるかもしれないが、私は自己愛性人格障害は治らないのではないかと思っている

自己愛性人格障害者を作るのは家族です
家族がいくら頑張ったところで、足りないところは足りないのでは無いか?
家族の代わりを出来る他人なんて存在するのだろうか?

本人がいくら生きにくいと感じても、殺人をも正当化出来るような脳での変換を解除出来るのか?疑問だ

医者も匙を投げる障害

そんなに簡単に治る訳が無い

治ると信じて自己愛性人格障害者の餌食になるよりは、自分の人生をキチンと生きた方がいいと思う

人に影響を与えることなんてなかなか出来ない
人を救う事で自分の存在価値が高まることもない
自己愛性人格障害者がいくら自分を必要だと言ってくれたとしても、それはゴミ箱としてであって、人間として必要としている訳でもない

ゴミ箱が居なくなっても次のゴミ箱を探す

相手から好きになってもらうより、自分から好きになるように、人に幸せにしてもらうより自分から幸せを見つけられるように、そして助ける人間よりまず助けてもらえる人間になれた方がいいのかもしれない

本当に人を助ける時は、その人からの返見返りは求めていない
見返りを求めて助けてあげている限り、それは自己満足に過ぎない

ターゲットを救う時救われる時は、ターゲットがターゲットであるべきことを認め、自己愛性人格障害者から必要とされていない事実が理解できたときだ
そうでないと、外から救う事も手を差し伸べる事も出来ない
引き離したとしても自分から戻ってしまう

自己愛性人格障害者は普通の人間には救えない
自己愛性人格障害者でない人間は救えるかもしれない
だから結局、自己愛性人格障害者でない被害者しか救えない
救ってもらうのは、自己愛性人格障害者ではなく被害者本人だけ