心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自己愛性人格障害者が謝らない理由?

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自己愛性人格障害者に対して、自己愛性人格障害者が自分より格下だと思っている人が意見する

 

どんなに正しい事を言ったとしても、その意見を自己愛性人格障害者が受け入れることは無い

   

なぜなら、そもそも自己愛性人格障害者にそんな格下の奴らが意見する権利なんて無い

 

ありんこの言う小言みたいに理解する必要のない言葉なのかもしれない

 

自己愛性人格障害者の言う事は絶対なのだ

 

もし、外から見て明らかに自己愛性人格障害者が謝るべき出来事であっても、それに関して「おかしんじゃない?」って周囲から言われても、その相手も周囲も格下なら「そんなバカに評価出来るような私ではない!」となる

 

私が謝らなきゃいけない相手ではない!となる

 

要するに、その事案が謝るべき出来事なのかどうか?ということではなくて、相手が謝るべき相手かどうか?が問題なのだ

 

そりゃー謝らない

 

出来事の良し悪しが、謝ったりお礼を言ったりする基準ではないのだ

 

なんでこの人こんなに謝らないのかしら?って思っても、その自己愛性人格障害者から謝って来る事はないのだ

 

だって、ずっと謝らなくていい格下なのは変わりないからだ

 

格下の意見を聞いたら負け

 

意見を聞くのが当然な格下

 

別に意見を聞いても勝ち負けなんてないのに、劣等感で負けたくないし屈したくない

 

格下に謝る時が来るのは、格下てではなくなった時

 

例えば、格下の人がチョー金持ちになったり、有名人になったり、自分が病気で動けなくなったりした時かな?

 

病気で動けなくなっても無理かも

 

そして、いつか何かしてもらいたい時には、相手を嫌な気持ちにさせたことをスッカリ忘れて、今まで面倒を見てやったんだから、気を使ってくれないなんて、「なんて薄情な奴だ!」なんて言うんです

 

近づきたくないな〜

死んでもなおらないかもね