心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自立している人は甘えるのが下手?じゃないはず

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自立するってそもそもどんな感じかなと考えてみた

私は「自立とは自分のブレない軸を持って生きていること」だと思っています

その軸は頑固で動かない軸ではなく、柔軟でかなりフレキシブルな軸かなと




頑固でブレない軸は、私の中の自立とはかけ離れた、自立という言葉の意味を勘違いした物ではないかと…

要するに、自分で何でも出来るぜ!って感じ

これは、どちらかと言えば反発かな?反抗とか、意地とも言う

「自分で何でも出来るから、誰にも迷惑を掛けてないでしょ!」ってやつ

これは、子供が言う事

こういう人は、甘えるのが下手っていうのは凄く良くわかる

我が家もこれが3人居ててんてこ舞い

一人で出来るんだ!と言ってしまった手前、自分を犠牲にしてまで一人でやろうとする

結果ギリギリで「一人で出来てないじゃん!」ってなって周りが尻拭いしなきゃいけない

ただの独りよがりのわがまま(;´д`)トホホ…

誰かにお願いする事は、その人が自分を犠牲にして手伝ってくれると思っているから、相手に迷惑が掛かると思って頼めない


それに対して自立している人のフレキシブルな軸は、人の意見を自分の中で噛み砕く

いるものといらないものを自分の物差しで精査して、いるものだけをそっと取り入れる

自分のキャパでは出来ない物は、出来ないとはっきり言って手伝ってもらう

手伝ってもらう相手のキャパもキチンと見極めて、出来るだろうお願いをする

そもそも自立した人は、甘えられる事が迷惑だとは思っていないと思うんです

困っている人を自分のキャパで助ける事は日常的

自分を犠牲にしてまで人を助ける事は絶対にしないので、迷惑だと思いながら人を助けてはいない

だから、相手が迷惑だと思うまで助けて欲しいとは言わないし、そこまで甘えることもしない

自分のキャパを知っているということは、相手のキャパも予想出来る


余裕が無い人には甘えないし、何なら自立していない人には甘えない

何故なら、自立していない人は自分のキャパの見極めをしてキチンと断る事も出来ない

上から言われたからやらなきゃいけないから、無理をしてでもお手伝いを受けてしまう

おまけに、無理をする人は、「無理をしてでもやってあげた」と恩を売る

手伝って貰うと面倒だから、頼みたくは無いのだ

だから、自立している人は強がりなんて面倒なのだ


自立した人は自立した人を選んでちゃんと甘えているし、出来ない事は出来ないと言い、出来る事は進んでお手伝いする


もしそうなら「自立した人は、自分を犠牲にしてまでやってしまう事に気をつけよう!」なーんて注意はナンセンスだと思わない?


我が家も勘違いした自立ちゃんが沢山暴れているけれど、世の中も似たようなものだと思う

大人になるって自立する事だと思うので、自立の意味を履き違えたお子様みたいな人達が沢山いるんだと思います

よく考えたら「甘えてる」の意味も違いますね

甘えるとわがままの履き違いとセットかもな〜