心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

発達障害を考えてみた

f:id:pilatesno-1:20210212084455j:plain私にとって発達障害は、なんとなく身近な物かもしれない

4人に1人いるかもしれない発達障害 ADHDとか自閉症スペクトラムとかアスペルガーとか色々言うけど、皆個性といえば個性

でも、考え方がちょっぴり違うだけでもかなり生きにくい 個性なんて言葉ではとても片付けられない

人格障害もそうだが、その人の感じ方や考え方のフィルターが分からないと育てるのだって関わるのだって大変だ

その生き難さに名前がついて、傾向が分かるだけでどんなに楽かは、本人や周りしか分からない

病気が分からなくて病院を転々とする人達がいるのと同じように、生き難さに病院を転々とする人は意外と多い

しかも、ちょっぴり敷居の高い精神科や心療内科

診断が下った人はホッとする

でも、発達障害は本人意外にはその生き難さも症状も分からない 「分かるよ」なんて浅はかな言葉をかけても絶対に分からない

その人には見えている物が他の人に見えることは無い 皆に見えているものがその人には見えないのだ

きっと人が生きていく上で、常識などの固定観念はなんとなく頭に置いて置くだけで充分なんだろう 人や物を、なんの常識にもとらわれず見ることができれば、発達障害なんて大した障害ではないのかもしれない

でも、実際は昔より今の方がそういう人達も生き難い

傾向が分かっても、なお生きにくいということは、今の社会がとっても窮屈な社会で、どちらかといえばますますそちら側に向かっていっているかもしれないと思う

もっと寛容な世の中にするにはいったいどうしたらいいのだろう? 今の子供達は、そんな社会を生きていく