心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

自己愛性人格障害者の建前の構造?!


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自己愛性人格障害者の建前ってどんなの?

 

普通の建前と違うの?

 

なーんて、実は私も思った

 

でも、なんだか違う

 

そもそも、建前はあんまり好きじゃないけど、苦手なことでも「いいんじゃない!」って言ったりする事はある

   

なんとなく苦手だったら、100が好きで0が嫌いだとしたら真ん中の50にして、好きとも嫌いともいいたくない

 

真ん中が一番離れて見守る感じでいられると思うかも

 

それでも、そこにずっといるのは居心地が悪いから、そっとフェードアウトかな

 

でも、自己愛性人格障害者達は、そもそも好きとか嫌いとかがその時の周囲によって変わる

 

周囲の雰囲気がなんだか素敵な人だと評価しているとしたら好き100だし、なんだか見た目がみすぼらしくて皆が遠巻きに見ていたら嫌い0だ

 

中身がどうであろうと、自分の評価と周囲の評価が違うことなんてない

 

そもそも、自己愛性人格障害者はちょっと距離がある人との1対1の場合はとっても人当たりがいい

 

それは、相手が一人しかいないから

 

相手が一人の場合、その人の評価を持っていない彼らは、目の前の相手に好き100で対応する

 

目の前の相手の好評価が欲しいと思っているから全部を注いでしまう

 

でも、裏では悪口ばかり

 

そんなに悪口を言うほど嫌いなら、あんなにいい顔をして対応しなくても良いのに!と思うのに…

 

全然信用が置けない

 

あれを人は建前と言うけれど、なんだか構造的には普通の建前とは違うんじゃないの?って思う

 

「うわー、いいですね、素敵ですね」っていいながら、一切近づかない人達

 

子供の頃から、相手には精一杯いい顔をしておくことが礼儀だと教えて貰っている人達

 

それは礼儀ではなくとても失礼な事だけど、大人になってしまったらもうなかなか治らない悲しい考え方なのかもしれないです

 

わざわざ0を100にまで振って対応する必要なんてないのですから、思うままに振る舞っていそうな自己愛性人格障害者達ですが、なかなか消化出来ないことばかりで、疲れると思います

 

よくもまあ、あの対応であの悪口を言えるなあってずっと思っていたけれど、構造が分かったらちょっとスッキリしたかも!?