心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

「私も頑張ってるんだからあなた達はもっと頑張りなさい」と自己愛性人格障害者


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自己愛性人格障害者は自分の不幸自慢が大好き

 

なぜなら、「頑張ってる自分はやっぱり凄い!!」って言えるから

皆に「凄いわ~」って称賛されるから

そして、特別扱いされて「いいよ、いいよ」って何でもやって貰えるから

同情されるから

 

なんなら、別に嘘で怪我とか、嘘で病気とか、嘘で更年期とか、身内の病気でも怪我でも自分に置き換えちゃう!?

 

境界が分からないから、そのうち嘘かほんとかも分からなくなっちゃうかも

   

そんな事ありえる?って思うけど、自己愛性人格障害者にとっては日常

 

そんな不幸をなんで自分のものにしちゃうかというと、それが人を動かすとっても素敵なカードになるから

 

周囲に題名にも書いた「私も頑張ってるんだら、あなた達も頑張りなさい」と言えるから

 

「あなた達も頑張りなさい」は「私と一緒に頑張ろう」って言っているわけではない

 

「私より幸せなあなた達は私より頑張るのが当然でしょ」と言っているのだ

 

「私は何もやらなくてもいいけど周囲は動きなさい!」とか「私のお世話をするのは当然でしょ!」とか「私の出来ない事はやってくれるのが当たり前でしょ!」とかになる

 

もちろん、そんな事一言も言わない

 

でも、思った事を周囲がやってくれないと機嫌が悪くなる

 

そしてその度に「私も頑張ってるんだからあなた達も頑張りなさい」と言う

 

実際本人は全然頑張ってないけど…

 

そうやって、周囲の時間や労力を搾取し拘束してただで役務を享受する

 

ん、思ったより元気じゃない?

 

ん、思ったより幸せそうじゃない?

 

って第三者から見たら思うけど、近くにいると分からない

 

要求はエスカレートしてくるし、当然だから感謝の言葉もない

 

周囲は「ひたすらやらなきゃいけない」と強迫観念にかられて動く

 

辛いと思っても、「あの人はしんどいのに頑張ってるから私も頑張らなきゃ!」と思う

 

別にやらされている訳じゃなくて、やってと言われたんじゃなくて、やりたい訳じゃない事をやらなきゃいけないと思いながらやる

 

やらなかったらどうなるか?なんてそもそも選択肢に無い

 

グループに入ってしまえば、周囲も一緒だから自分一人がやめるわけには行かない

 

自分一人だとしても誰もあの人を見てあげる人がいなくなっちゃうとあの人は困るだろうと思う(優しい自分も心地いいしね)

 

どうであれ、そこでその人のお世話をすることは自分が必要だと分かること

 

もし何かに気が付いて「この生活はできない!」と胃を決して言ったなら、泣きながら「あなたがいないと私は生きていけないの」と言われてしまう

 

「あなたが必要」なんてとっても素敵な言葉に、結局また要求に答えてしまう生活に戻る

 

気が付けば抜けれない

 

そんなカードのひとつが「自分の不幸」

 

なんて素敵なカード

 

UNOにそんな何でも使えるカード無かったっけ?

 

私から見たらジョーカーだけど…