心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

面倒だなあ~と思う人


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面倒な人ってどんな人かなあと?

 

自分と考え方がかけはなれた人が面倒かといえば、結構そうでも無いです

 

こういう人が面倒とかではなくて、考え方がどんなに自分と似ていてもかけはなれても、それを強要してきたり関わりをガンガンともってくる人が面倒なんじゃないかと思うんです

   

「かまってちゃん」とかは、こちらが構う時間や構ってあげたい思いがあるかとは無関係に構ってあげないと機嫌が悪くなる

 

これって、なかなか鬱陶しいです

 

 

「こだわりが強い人」も別に遠くで見てる分にはいいんですが、突然そのこだわりを近くで見せつけられて、少しでも強要されたら鬱陶しいです

 

「魚しか食べない!」とか言われて、お魚の出るお店に行くくらいならまだ良いけれど、そこでお肉や野菜を頼めない雰囲気なんか出されたらたまらないです

 

「お肉は見るのも嫌なんです~」ってボソッと言われたりしたら、もう一緒にご飯なんて行かないって心に誓います

 

自慢話とかも軽くならいいのかもしれませんが、ずっとは困るしマウンティングされたりするともう鬱陶しい

 

わざわざ人の上に立たなくても良くない?って思う

 

 

こんなことは、まあまあ当たり前なんだけど、ここでちょっぴり盲点があるんじゃないかなと思います

 

人間、色々な偏りとか障害とかクセを持っています

 

十人十色なのだから誰もが違う事は素敵な事なんですが、それを強要するのはやっぱり面倒だなと思います

 

特に障害者みたいに何かが偏り過ぎている人に対して、こんな人にはこんな対応をした方がいいよってあると思います

 

その対応が無理なく出来る人はとても素敵かもしれませんが、「障害者なんだから優しくするのが当然でしょ」っていうのも、ちょっと違うと思うんです

 

「優しくしなくちゃいけない!」って押し付けたら、近づきたくない人は多いと思います

 

だって面倒だもの

 

近くにいて、何もしない事で悪者扱いされたんじゃたまらないって思います

 

だからこそ、近くにいて助けてあげないって選択肢もアリかなと思います

 

何もしないで寄り添うだけを優しいと感じる人も必ずいるんだと思います

 

これ、面倒な人にとっての盲点なんじゃないかと…

 

何もしないことを避難したり、何かが出来ない人に対して厳しい人が良いわけでも無いけれど悪く言わなくてもいいんじゃない?って思うんです

 

自分の後始末が出来ない事に文句を言われてもいいんですが、他人を助けない事について人間としてひどい!とか言っているのを聞くと、なんだか偽善者っぽく聞こえるのかもな