心と身体とピラティスと運動

倉敷・早島でピラティス教室と親子コーディネーショントレーニングしているインストラクターの頭の中を整理するブログ

なんだか攻撃的?

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うーん、多分とっても優しい人なんですが、なんだか攻撃的に感じるのです

 

その理由がよく分からない

   

喋り方なのでしょうか?

きっと色々な経験をされた方なのだと思います

それを乗り越えてきた強さを感じます

 

でも、なんだろう?どこかで一部を諦めているんです

 

あー分かったかも!

 

諦めていても諦めているとは言わない方がいいのかもしれない?そうじゃない…

 

未来が見えている人にはもしかしたら、断言出来る事があるのかもしれませんが、それだって100%では無いと思うんです

 

私の事ですが、今は自己愛性人格障害者とお近づきになりたくは無いです

 

気持ちも共有出来ません

 

でも、それって「今は」なんです

 

なかなか自己愛性人格障害者がそうじゃなくなる事なんて無いけれど、びっくりする様な事が起こってある日突然変わることが無いとは言えないんです

 

それは私自身も含めて誰もが日々変化していると思うって事

 

びっくりする事が起こって、世の中がひっくり返る事もあるんです

 

取りあえず今の私は自己愛性人格障害者と交流を持つ力はないのです

裏を返せば、もしかしたらいつか自己愛性人格障害者と共存しても害にならない日が来るかもしれないとも思っているのです

 

丸ごと諦めて避けてはいないのです

 

だから、自己愛性人格障害者を否定して生きているわけでは無いのです

 

まっ、今のところ私の中ではネタになる存在といったところでしょうか?その程度です

 

苦手だけどね…

 

そう、自分の中で絶対でも、「絶対」はないので「絶対」を口に出すときつく感じるのかもしれないです

 

どんなに良くても、どんなに悪くても、何かを諦めてしまったら、それって0なのかもしれません

 

何かを見限ってしまうと他人はきつく感じるのかもしれないです

 

どんな人もどんな事も受け入れるぜ!なんて出来ない事は言わなくてもいいと思うけど、「あの人は絶対に受け入れない!」とか「これが悪い!」とか断定的な事はわざわざ言わない方がいいのかも

 

心に留めて置いていいのだ

 

自分の気持ちだってその時によって変わる

 

そんなの誰も想像出来ない

 

今日の悪人が明日突然善人に変わることだってある

 

「だから、分からないよね!」ってスタンスでいる方が、やっぱり優しい

 

私だって、自己愛性人格障害者が最高だ!なんて思う日が来るとは思っていない

 

今はね

 

そんな、断定する人が自分を称賛してくれたとしても、完璧じゃ無い自分が「完璧!」って言われている気がして怖くなるかも

 

いつか「裏切られた〜」って言われそうでしょ